1974(昭和49)年7月20日の『ドラゴン怒りの鉄拳』公開TV特番 と 『 KINEJUN 』1974年7月下旬号の
46年目の私的考察




このカセットテープ ↑(自筆レーベル題 = ”ブルース・リーの伝説”?)は、
正直、1980年の春以降、まっ、いろんな事情から?私自身その存在すら忘れてしまっていました。

最近、40年ぶりかに聞いてみたところ、、、、!!。o(^o^)o
あぁ!そう言えば昔この”音源”よく聞いてたよなぁ〜。これこれっ、超聞き覚えがあり〜、
懐かしさ最高、なぜ忘れ去ってしまってたのだろう?と疑問が湧きました。
あらためてここに録音されていた音源について調べてみますと、、、(おそらく〜)
『ドラゴン怒りの鉄拳』の公開記念として、
まさしくその封切りの日、”1974(昭和49)年7月20日の土曜日”に
現在のTBSテレビ系列で放送された特別番組『ブルース・リー伝説の生涯』(?)
と言うテレビ番組の音声だったと思われます。\(^o^)/
とはいえ、私が住んでいた地域の民放テレビ局には現TBS系列は無かったので、たぶん、、
1974年7月20日の土曜日のリアルタイムの放送ではなかったのではないかと思われます。ただ、
一方で、録音したのが土曜日学校から帰って来てからの午後だった?記憶もあるのですが、、。
でも、もし1974年7月20日以降だったら学校は夏休みのはず?ですので、、。
(かなり曖昧な記憶かーっ!) また、この録音音声は残念ながら、
番組のはじめの部分は撮れてなく途中からのものです。(CMカットもされていて54min)

内容は、映画評論家の白井佳夫氏と風間健氏の二人の対談形式で、
1974年7月当時、公開済みであった『燃えドラ』や『危機一発』のクライマックスシーンや、
当日封切りの『怒りの鉄拳』の格闘シーンやラブシーンなども
結構惜しみもなく放送されていた印象を、この音声からも感じられます。
また、他に『ドラゴンを消せ!(1974年7月6日公開)』(風間氏)や、
アンジェラ・マオの香港でのオリジナルインタビュー映像?とともに、
『アンジェラ・マオの女活殺拳(1974年6月29日公開)』の格闘シーンなども流されています。
更に、この日からちょうど1年前の”ブルース・リーの死の真相”などもこの時期としては、
かなり詳細な取材にもとづいている感じがします。(レイモンド・チョウ氏への取材成果?)
(そして、今ではあまり語られない”〇薬”説についても普通に?語られています。(^^ゞ)
番組最後には、これまた当時初?となる『生と死』の映像やその北京語のナレーションと、
一部今聞いてもすぐには映像が思い浮かばない音声(当時のニュース映像?)などもあったりして、
エンディングは、マイク・レメディオスの熱唱による『ドラゴン怒りの鉄拳』のサントラの
メインテーマの中、確か私的映像記憶では誰も座って居ない(李さんが座って居るつもり?)
ソファーだか丸椅子にスポットライトがあてられていて、そこに向かって?風間氏が、
「リ〜〜っ!!」と叫び、その『怒りの鉄拳』テーマ曲の最後のリーさんの雄叫びで
ちょうど番組も終演します〜。(^^)//
今、久々に聞くと、ホント!1974年7月当時の空気感が沸々と甦りそれを超味わえる音源で、
今回のようにしばらく時間を置いての聴取が、より味わい深いモノになったと感じます。






上記、カセットテープを久々に聴いたのと、ほぼ時を同じくして、
このTV特番と同時期の『キネマ旬報』7月下旬号(1974年7月5日発行)を入手してみました!。

本号に収録の”「ドラゴン怒りの鉄拳」とブルース・リー映画を支える美学”という記事では、
先のTV特番と同様、白井佳夫氏(ここでは当時キネマ旬報編集長)と風間氏、
そして更に四名の方々も加えた対談となっています。
この『キネマ旬報』では今号までに、5月上旬号ではレイモンド・チョウ氏との対談記事
(香港取材?)と、更にその前号の4月下旬号では「ドラゴン危機一発」鼎談記事もあったそうで、
カセットテープ音源のTV特番『ブルース・リー伝説の生涯』(?)の中で語られた内容は、
この『キネマ旬報』の一連の取材と記事が、かなりの部分、基礎になっていたのでは?、と、
46年の時を超えて(2020年春)、私的に初めて知った気がしました!。(^^)/





以下、極私的余談(其壱)ですが、、、。(^^ゞ




私的な”ブルース・リー劇場初体験”は何時だったのか〜?。
と言う疑問が自身にあり、それは、、、
たぶん前記のTV特別番組『ブルース・リー伝説の生涯』(?)の録音日よりは
後だったと思われる確信的記憶はあるのですが、
近年(2019年秋)、映画を見に言った時と思われる日を含む切符が数枚出てきて、
それは、、1974年の夏休み中の、7月27日(土)、8月12日(月)、8月22日(木)、
そして、夏休み終盤の8月25日(日)に国鉄に乗って移動したという史料となりますが、
私の性格上、夏休みがあと一週間で終わろうとするような憂鬱?な時期である、(^^;
8月25日の可能性は低いと自己分析では思うのですが、、、日の特定には至ってません。
(たぶん、、お盆前の、8月12日が有力かなぁ〜?)
ともあれ、『怒りの鉄拳』を見に行ったと思われる日が、絞れた事も45年目の大発見でした。




余談其弐。






そして、『ドラゴン怒りの鉄拳』の”1974(昭和49)年7月20日”の公開&TV特番の日から、
3年8ヶ月後の1978年3月23日木曜日の19時30分、
日本テレビ系で突如放送された『死亡遊戯』完成特番である、
木曜スペシャル『世紀のスーパースター今!甦る ブルース・リーの世界』も、
カッセトテープとして残せていますが、
こちらも先の”1974年7月20日と並び、”私的二大李的録音(?)”のひとつとなります。(^_^)/
と言うか、私は70年代この2番組しか田舎では”ブルース・リー特番”って見られてないような〜。


あれから42年が経った今、やっぱり?!、
あの時、香港の夜景に向かってのフレーズ、、
「お〜い、ぶるうす・りぃ〜っ!!!」 by 水野晴郎さん1978、、ですね〜!。





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