明治の欠片を探して・・・
東海道旧線(大阪〜吹田 間)


鯖浦線
"明治の欠片を探して・・・"って言っても「 時、既に遅し 」って感じですね。(^^ゞ
阪急高架工事はとっくに始まっていて、2016年暮の今はその真っ最中。
この区間に近年まで残存し、以前から先輩諸氏が言われていたレンガの遺構のいくつかは、
工事用の囲いの中や或いはもう取り壊されて存在が失せた物も少なくなさそうです。
現在ある物も、完全高架移行後は更に無くなってしまう運命と思われます。

今残るレンガ全てが"明治の遺産"という訳では必ずしもないと思いますが、
そんな煉瓦などを求め遅ればせながら、 初心者の私が今を歩いてみました。 (~、~)

出発は上淀川橋梁の北詰東側、大阪方面と現阪急南方駅方面を望む。

そして、新大阪方面を望む。旧線は車道右手を東にカーブして行く。
          浄水場前歩道橋上から大阪方面(淀川)を振り返る。↑

現在は道路の旧線の線路後(実際の旧線はもう少しこの右手か?)。道路突き当たりは現在の阪急線。

阪急線に突き当たって少し南方駅側に行くと、現在の阪急線とJR東海道本線の立体交差が見える。
また阪急線の線路は崇禅寺駅側に大きく左カーブして、先が旧線との合流点あたりでしょうか。

現阪急線の線路と柴島浄水場との間あたりが旧線経路か。

阪急崇禅寺駅の手前、大阪側から淡路方面は高架工事用の塀に仕切られ、駅も現在は仮駅舎風。


淡路駅の周辺は幾つも高架が出来ています。また駅の大阪寄りや東側はかなり高架工事の手が入ってます。
大阪寄りのホーム脇にあったと聞く煉瓦橋脚も今はもう無さそうです。

淡路駅北側の水路の跡?(現駐輪場)も、駐輪場工事時に見えていた(らしい)煉瓦も今は見えず。
僅かに駐輪場内の四隅に半円形に見える煉瓦?は明治のものでしょうか?。

千里線を更に北に行くと線路脇の数ヵ所に僅かな煉瓦の欠片が・・・、
古いものかは分かりません。

阪急千里線と京都線、そして城東貨物(おおさか東線)に囲まれた三角地帯、
阪急の高架はおおさか東線より高く、そして更にその先に行くほどもっと高くなり
新幹線をも跨ぐつもりのようです。(^^)/

下新庄駅の淡路駅側にも嘗ては煉瓦の遺構があったところようですが、
今はもう残ってないようです。駅の東側は近付く事もままなりません。

下新庄駅の淡路方面行きのホームの上よりその外側真下に煉瓦の一片を漸く見つける。
明治の遺構の名残か・・?。

更に隣接住宅の裏に煉瓦片を認めるも、勿論、明治のモノなかは証拠なし。
下新庄駅北側の淡路向き軌道(右)は、その先の新神埼川橋梁完成に従い既に変更済み。↑

こちらは、かの有名な井戸口橋梁、まだ健在ですが上記どおりこちらももう東側に新橋が完成済み。
いつまで健在か分かりません。

こちらも有名な神崎川橋梁です。

まるで・・コロシアムのレンガのよう。o(^-^)o


現在は新旧橋りょう在り。
旧橋りょうの円形橋脚ズレ?もまだ見れます。

淡路方面行きは新橋りょう、吹田方面行きは旧橋りょうの軌道になってますが、
"コロシアムのレンガ"や"橋脚ズレ"も何時まで見られるか?・・ですね。

神崎川を吹田側に渡った東には、工事用囲いの下から少しだけ顔を覗かせた煉瓦が見られます。
これもまたまた有名な水路のレンガですね。

西側は更に有名なレンガ!。こちらは健在です。

旧線の軌道はこのあたりで直進ですね。

旧線跡はまだ空き地でしょうか。現千里線は右に大きくカーブして逆S字を描き阪急吹田駅へ向かいます。

そして超有名な水路レンガと橋脚台跡?。コンクリは後のものでしょうか。

コンクリの中にレンガあり?。

更に北進、旧線の経路は右側の住宅群の下でしょうか。
やがて左手に市役所と正面に現JR東海道本線に突き当たります。



旧線は右にカーブして現東海道本線と合流。




今後、淀川〜吹田間の明治鉄道遺跡は、
阪急高架事業により更に殆んどが失われると考えられます。



〜 『 井戸口橋梁 』 続報 〜



2018年10月21日撮影
失われつつある明治鉄道煉瓦。(井戸口橋梁)




2019年1月20日撮影
失われた明治鉄道煉瓦。(井戸口橋梁)






〜 阪急 『 (新)神崎川橋梁 』 続報 〜



2019年10月6日撮影↑↑
古い橋脚はほぼ取り払われ円形レンガ橋脚が僅かに残り、その北側には新たな橋脚?が。
上流に完成した”阪急カラー”の鉄橋は、本チャンじゃ無いの?。この橋梁、車両走行音が極めて静かな橋なのになぁ。。




2019年10月6日撮影↑↑
とりあえず、南側の煉瓦橋脚はまだ存在感あります。




2020年10月18日撮影↑↑
新橋脚の南側の煉瓦橋脚はかろうじてまだ残ってます。↑




2021年5月14日撮影↑
新橋脚、着々と進行。こ、これは、もしかして明治煉瓦橋脚が・・・?!。




2021年10月15日撮影↑↑
嗚呼!矢張り、遂に明治鉄道的遺産、レンガ橋脚喪失ス。




2021年10月15日&2022年4月15日撮影↑↑
北側から伸びる緑の鉄橋。




2022年4月15日&5月16日撮影↑↑
緑の鉄橋はコンクリートを纏いながら南側(下新庄側)に接岸?。




2022年10月14日撮影↑↑
先に架けらられた上流側の”阪急カラー”の橋梁は、もしかして仮橋梁だったの?。
この下流側の明治橋脚があった位置に再び架けられた新橋梁が、阪急高架化の本チャン橋梁だったのね。(~、~)





おまけ

おおさか東線 (新)神崎川橋梁



2009年8月19日撮影










2015年5月20日撮影




2015年6月4日撮影




2015年9月14日撮影






2015年10月20日撮影






2016年12月28日撮影





2018年10月21日撮影















2019年1月19日撮影










2019年1月20日撮影





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