inyo.gif - 3,123Bytes 電影『死亡的遊戯』 inyo.gif - 3,123Bytes

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残されたフィルム


1972年秋、ブルース・リーは黄色のトラックスーツに身を包み 五重の塔のセット内で

映画を撮影していました。しかしその映画は、アクション場面のみが撮影された所で

米ワーナー・ブラザーズ社との合作映画の為中断します。

そして、その合作映画『燃えよドラゴン』完成後の1973年7月、先の中断していた映画の

撮影再開準備の最中、ブルース・リーは突然亡くなってしまいます。

ここに、アクション場面のみが撮影されたフィルム(NGを含み約120分と言われてます)が

未完成のまま残されました。 その後、このフィルムは世界中(特に日本)のファンの強い要望により

亡くなってから5年後の1978年、『死亡遊戯』と言う映画として完成され公開されました。

しかし、この作品には 約120分と言われているフイルムのわずか10分強しか

使われていませんでした。でも1978年時点では、このわずか10分強の映像でも

ブルース・リーの新作映画を永遠に望み様がない中、日本では1975年の『ドラゴンへの道』以来の

”新作”の公開であり、もう見る事が出来なかったかもしれない黄色の動く勇姿を

見られ狂喜乱舞したものでした。そしてこの映画の完成と公開で

残されたフィルム問題は一応の完結を迎え、李小龍旋風も去って行きました。

それから10年近くが過ぎ、(途中「死亡の塔」という一発かませ映画はありましたが...。)

日本のファンの多くが 残されたフィルム(未使用約110分)の存在も忘れた頃、

「ブルース・リーの神話」(1983&84年作品)と言うドキュメンタリー映画で

『死亡遊戯』に使用されなかった映像が一部収録されていてファンの間では大変な話題になりました。

実際 わたしなどは、80年代は李小龍熱の休眠状態中でこの「ブルース・リーの神話」の

存在を知りレンタルで借りて見たのは、1993年ころ?だったと思いますが

大変興奮し今日の李小龍熱再発の大きなきっかけの一つになりました。


それから、1990年代後半になって

李小龍没後25年前後から、「ブルース・リーの生と死」(1973年作品)の劇場公開、ビデオ発売

その他、「ドラゴン怒りの鉄拳」のDVDやドキュメンタリー「インターセプティングフィスト」

のビデオ&DVD発売と”残されたフィルム”の『死亡遊戯』に使用されなかった映像が

次々と小出しにされていきました。

そして、未公開映像の観賞ツアーも行われ”残されたフィルム”への

ファンの思い入れは最高潮に達していました。

そんな昨年(2000年)の春、関係者の皆さんの熱意の結果 この”残されたフィルム”を

あらたに編集して、映画を作るというライセンスを日本の会社が取得 契約をしたという

ビックニュースが発表されました。

(なんとアメリカでも同様の別編集のドキュメントが制作されビデオ&DVD発売予定!とか)

遂に1972年秋にブルース・リーが自ら企画し監督した映像の全容が見る事が出来るのです!。

しかも日本制作の映画だからほとんどタイムラグ無しに観賞、(出来るはず...)

さらにゆくゆくは、DVDやビデオでの発売も期待出来て、まさしく”幻の残された映像”が

自宅で心ゆくまで見れる!という訳です。


これが李小龍の”新作”電影『死亡的遊戯』なのです。



祝!『死亡的遊戯』DVD&ビデオ、2001年7月25日発売決定!!



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